なぜ、ももクロだけが全力と言われるのか(なぜももくろだけがぜんりょくといわれるのか) 

 アイドルグループ・ももいろクローバーZの魅力は「全力」だと言われる。メディアでももクロ関連のドキュメンタリーが制作されるとき、このキーワードが出ないことはまずない。もはや「ももクロ」と「全力」の2つの言葉はワンセットで語られるのが当たり前になっている。
 また、ももクロが「ドルヲタ」と呼ばれる固定的な嗜好をもったファン層だけでなく、老若男女の幅広い層に支持される理由もこの「全力」にあるとされる。

 その一方でドルヲタたちの間では、「ももクロ以外のアイドルだって全力でやっている」「なぜ、ももクロだけが全力と褒められるのか?」という疑問が飛び交い議論され続けている。
 たしかにYouTubeでさまざまなアイドルのライブ動画を見てみれば、ももクロにひけをとらない熱量で歌って踊るアイドルもいるし、技量の差はあるにしても、手を抜いているアイドルなど皆無といっていいだろう。
 なにより、ももクロのメンバー自身が「一生懸命な人はほかにいくらでもいる」と言っている。では、なぜももクロだけが「全力」と言われるのか。本稿はその点について考察してみよう。
 
ももクロの魅力・ハマる理由


■マーケティング手法から見た、ももクロの「全力」 

 ももクロが全力と言われる理由は、以下の3点に集約して考えることができる。

① ライブパフォーマンスの熱量の高さ
② 汚れ仕事の体当たり感
③ 成長物語の巧みさ
 

 ここで少し寄り道をして、広告・マーケティングの手法とももクロの「全力」感の関係性について考えてみよう。

 広告とマーケティングの基本的な概念として有名なAIDMA(アイドマ)という考え方がある。消費者がある商品に出会ってから購入に至るまでの心理的なプロセスを5段階にわけて分析したものだ。

1. 認知段階 
 Attention(注意)

2. 感情段階  
 Interest(関心)  
 Desire(欲求)
 Memory(記憶)

 3. 行動段階 
 Action(行動) 

 1. 認知段階は、商品と消費者の出会いである。少し前ならTVや雑誌といったマスメディアを通して出会うのが主流だったが、いまはブログ、facebook、Twitter、YouTube、ニコニコ動画などのソーシャルメディアが媒体となって出会うことが増えている。

 2. 感情段階がもっとも重要で、情報過多の今の時代において、いかに関心を引き、「もっと知りたい」という欲求を引き起こし記憶にとどめてもらうか、が広告・マーケティングの重要な課題になる。ここで関心を引かず覚えてもらうことができなければ、次の「行動」というステップに進むことができない。

 3. 行動段階とは、商品の購入を中心とする消費者の具体的な行動のことで、広告・マーケティングにおけるゴールである。現代ではこの「行動」はさらに細分化され、お試し購入からリピーター化やクチコミを広げるオピニオンリーダー化することで消費を拡大させていく。

 ももクロの場合、「2. 感情段階」において、①ライブパフォーマンスの熱量の高さ、②汚れ仕事の体当たり感、③成長物語の巧みさ、の3つが効果的なシナジーを発揮して消費者の感情を強く揺さぶり、その結果深く記憶に残って、次の行動段階(購入)への移行を容易にしている。

 逆に言うと、消費者がももクロを応援する(=購入)に至った理由を説明するときに「全力」というキーワードが頻出するということは、「2. 感情段階」におけるももクロ陣営のアプローチの根底にあるもの、つまり基本のコンセプトが「全力」にあったと考えていいだろう。

 これを裏付ける典型的な証拠が、「おしゃれ関係」に出演したときのチーフマネージャー・川上アキラの言葉の中にある。
 ももクロのメンバーに課せられたさまざまな試練について司会の上田晋也(くりぃむしちゅー)が、「なぜ、そんなに虐めるんですか」と質問したとき、川上は以下の様に答えている。

歌が上手いわけでもない。踊りが上手いわけでもない。そんななかで感情の爆発みたいなものを見せていきたかった

 つまり川上は確信犯として、ももクロにたくさんの試練を与えてメンバーを奮起させ、その結果として見る者の感情を揺さぶるコンテンツを創り出そうとしていたのだと理解できる。それによってメンバーの急速な成長を促すことができ、本来のコンテンツ(歌と踊りやトークやコント)の質の向上を図ることもでき、さらにその成長過程そのものが価値の高いコンテンツになる。結果として、ももクロは消費者に対してバラエティに富んだコンテンツを大量に供給して次々と新規顧客を呼び込みながら、既存顧客のリピーター化を図ることができている。

■感情段階に強く訴える力

 ももクロに出会った(1. 認知段階)あとに、「ちょっと面白いな」「もっとよく知りたいな」という関心と欲求(2. 感情段階)へ消費者を移行させるために強く働きかけるのが、「① ライブパフォーマンスの熱量の高さ」と、「② 汚れ仕事の体当たり感」の2つだ。

① ライブパフォーマンスの熱量の高さ
 
 「① ライブパフォーマンスの熱量の高さ」をうまく表現するのは、絶対的な運動量と汗の量の多さである。
 ダンスが上手いか下手かという議論をすると、さまざまな基準がある。ももクロの場合は、5人のダンスがきれいに揃うことよりも、力一杯身体を動かすことを重視し、また動きを合わせるのが難しい運動量の多い振り付けを多用することで、結果として激しく見える動きと、大量の汗をアピールすることに成功している。

 それに加えて、次々と転調を繰り返す楽曲とワンフレーズごとに歌い手が代わるソロ回しによってスピード感を演出し、高音を多用することで声を張り上げて歌わざるを得なくして、魂を絞り出すような歌い方になるようにしている。 
 口パクではなく生歌にこだわっているのも、激しい動きの中で難しい歌を歌わせることで、ギリギリの表情や乱れる息づかいが見る者の共感を呼び起こすからと考えられる。

 「歌がヘタ」と言われるももクロだが、Ustreamで楽屋や事務所でメンバーが気軽に歌っているときはしっかり音程がとれているし、いっぽうでローカルアイドルがももクロのカバー曲を歌っているのを見ると、ももクロのパフォーマンス力の高さを実感させられる。

 つまり、上手い下手の問題ではなく、ももクロのライブは、持てる力を超えたパフォーマンスをメンバーに要求することで「全力」にならざるを得ない状況を作り出し、それがファンの共感を強く呼び起こしていると考えられる。

② 汚れ仕事 

 「② 汚れ仕事」とは、ここでは、アイドルらしくない、芸人的なお笑い仕事を指すと定義しよう。
 「コマネチ」のような下品な振り付けや、顔をペイントしたり、プロレスで場外乱闘に参加したり、熱湯風呂に入ったりと、あまりステータスが高いとは思えない汚れ仕事をももクロは積極的に行ってきた。それも下積み時代だけでなく。紅白出場を果たし、日本最大級の日産スタジアムを埋めたあとでも、ビール瓶を頭で割ったり、キン肉マンのコスプレで歌ったり、ライブで下ネタを入れたりしている。
 振り返ってみれば、日本No.1のアイドルであるAKB48もテレビではかぶり物などの汚れ仕事を比較的頻繁に行っている。アイドルが幅広い層から人気を得るためには、キレイな一面だけでなく、恥ずかしい面を積極的に打ち出していく必要がある、というのは実は昔から行われてきたことで、SMAPなどジャニーズ系アイドルはとくに積極的に行ってきていた。

 若くてキレイな(しかも育ちが良さそうな)少女たちにしてみれば、そこに大きな心理的な障壁があるはずだ。また、初期のももクロでは恥ずかしくて楽屋で泣いていたというエピソードもある。
 その心の壁を乗り越えて、楽しげに汚れ仕事をやってのけるからこそ、ファンはその強さをリスペクトする。そして、現在の大手事務所の女性アイドルの中で、ももクロの汚れ仕事の量はたぶんダントツNo.1だろう。

③ 成長物語の巧みさ 

 「① ライブパフォーマンスの熱量の高さ」と 「② 汚れ仕事」が、「Interest(関心)」のステップによく効くのに対して、「③ 成長物語の巧みさ」は、「もっと詳しく知りたい」という「Desire(欲求)」のステップに効果が高い。

 路上ライブに始まる、ももクロの成長物語は、いまでは多くの人が知るところとなった。
 代々木公園けやき並木の路上からNHKホールを見上げながら紅白出場を目標に定め、 一台のワゴン車に乗り込んで全国を巡ってヤマダ電機の店頭でライブを続け、インディーズデビュー、メジャーデビュー、日本青年館ライブ、早見あかりの脱退と中野サンプラザでの別れと誓いを経て、紅白歌合戦出場に至る未だ終わらない物語は、まるでよくできた青春ドラマを見ているようで、ももクロに関心をもった人が、より深くハマるための共通の記憶のバックボーンとして機能している。
 
 もちろん、この筋書きが最初から書かれていたわけではなく、ももクロがさまざまな出来事に遭遇するたびに、その事件に意味を与え、それに繋がる次の展開を創り出していく運営サイドの臨機応変な姿勢が、物語を生み出してきた(このやり方を「点を線に変える」プロレスの手法から学んだと川上アキラや演出家の佐々木敦規は繰り返し述べている)。

 2011年4月の早見あかり脱退に際しては、センチメンタルに終わりたくないという理由からグループ名を「ももいろクローバーZ」に改名するというサプライズ発表を行ない、トーク担当の早見が抜けたからこそ、脱退翌の日から7日連続のトークライブを企画した。このことは、ももクロの認知向上と物語作りの両方の大きく貢献した。
 また、2011年12月のクリスマスライブに、1年前の10倍のキャパシティを持つさいたまスーパーアリーナを会場として選んだときも、「埋まればいいし、埋まらなければまた別の(物語の)展開を考えればいい」と決断したという。

 安心感のある筋書きを選ぶのではなく、ハラハラ・ドキドキさせる困難な目標を設定し、それを乗り越えることを繰り返させることでメンバーの成長を促し、その課程を成長ストーリーとしてファンと共有する。そのリスクを取る姿勢こそが重要なのであり、困難を乗り越えるには当然全力でなければならない。

 ももクロの「全力」というキーワードは、上記のようにさまざまな角度から補強されて高みに組みあげられ、ファンのさまざまな体験を共通のキーワードに昇華する手段として非常にうまく機能しているといえる。

■時代にストーリーがマッチした

「なぜ、ももクロだけが全力と言われるのか」という疑問に答えるなら、「全力」をキーコンセプトにして「ももクロ」という青春物語が、さまざまな角度から組み立てられているからであると言える。
 それはももクロのメンバーだけでは成し得ないし、川上アキラを中心とした運営側の筋書きだけでもできないことだろう。
 次々と遭遇する現実の出来事を感動的な「物語」に昇華するためには、与えられた難題を乗り越える強い心と才能を持ったメンバーの力量と、次々と展開を繰り出すことのできる運営側の力量、そしてその物語を支持して消費するだけでなく、ネットを介して拡散して共有するファンのコミュニティがあって、はじめて可能になったはずだ※1。

 そしてなにより、「全力」や諦めない態度、挫けない心という、昔ならスポ根モノのマンガやドラマで形作られ消費されてきた物語が、現在においてはフィクションではなく、アイドルというノンフクション=リアリティ・ショウとして幅広く支持され消費される時代に、ももクロというコンテンツが見事にマッチした結果だと言っていいだろう。

※1
 川上アキラの重要な才能のひとつに、TwitterやUstreamといったソーシャルメディアを駆使した、ファンコミュニティとのコミュニケーション力がある。 
 川上の発する言葉や一挙手一投足にモノノフたちは常に注目し、その動向に振り回されることを、むしろ刺激的な体験として喜んで受け入れている。
このことについては、また稿を改めて論じてみたい。


 


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