沢尻エリカ(さわじりえりか)


1986年4月8日生まれ。東京都出身の女優。

2004年ごろから2007年にかけて、映画、テレビで活躍し、歌手としてもヒットを飛ばした。

一時期芸能界の表舞台から消えていたが、2012年の映画「ヘルタースケルター」で銀幕に復帰した。


2009年までは、スターダストプロモーションに所属し、10代の頃はアイドル的な活動を行っていた。
アイドルグループ・ももいろクローバーZの先輩であるとともに、ももクロの結成と成長の重要な鍵となった人物でもある。
 

■川上アキラと沢尻エリカ
 
ももいろクローバーZのチーフマネージャーであり、ヒットの仕掛け人として世間から注目されるスターダストプロモーション芸能3部の川上アキラは、もともとは沢尻エリカの担当だった。
沢尻がスターダストに入ってきたのは小学5年生の終わりごろで、履歴書にプリクラを張ってきたが、それでも可愛いのが伝わってきたという。

川上は10代でアイドル的活動をしていたころから沢尻を担当し、やがて沢尻は映画「パッチギ!」で数多くの映画賞・新人賞を受賞し、女優として花開いていった。しかし、2007年9月の映画「クローズド・ノート」の舞台挨拶での態度が問題となってマスコミからバッシングを受けて仕事がなくなってしまう。

暇になった川上に、スターダスト内で立ち上がった新人育成プログラムの仕事が回ってきた。それが川上とももクロの始まりだった。

梶原 スターダストといったら、柴咲コウさんとか錚々たる女優さんのイメージで。
川上 そんな中でも、育成の中でダンスとか歌とかはウェイトをちゃんと占めているところがあって、自分たちを表現するにあたってですけど、それがあってはじまった。いろいろあって暇になっちゃったんで僕も、それでヤレってことになった。
梶原 その前は誰を。
川上 その前は、今でも大好きな女優さん、沢尻エリカさんを。
梶原 (笑)いま「大好きな女優さん」で目が変でしたよ。
川上 いえいえホントに。沢尻さんはホントに子供の頃からですね。エリカちゃんも、もう……
梶原 エリカちゃん?! なんですか。
川上 (うなずきながら)始まったときから、お仕事させていただいております。
梶原 で、エリカさんが、そういうことで。
川上 はい。お仕事がお休みになっちゃった時期があったんで。
梶原 そういうのってマネージャーも暇になっちゃうんですか?。
川上 そうですね。おおまかには暇になっちゃったんで、どうしようかな、と思っていたらメインタレントさんがお休みの時期だから、お前暇だからやってみろって。



■Harajukuロンチャーズ
 
沢尻エリカのアイドル活動として知られているものに、BS朝日の番組「Harajukuロンチャーズ」(2000年〜2003年)がある。
 
スターダストプロモーションでは、ももクロやその母体となった「3B junior」の前にも新人育成のためのプログラムとして「エンジェルアイズ」というグループを結成させており、そのメンバーが「Harajukuロンチャーズ」に出演した際に、アイドルグループ「Launchers」(ロンチャーズ)として活動した。沢尻のほかに、現AKB48の小嶋陽菜や後にTBSのアナウンサーになる枡田絵理奈なども出演していた。

Launchersの楽曲「Hello…goodbye」と「気分はSuper Girl!」は、ももクロに受け継がれてライブで歌われ、2013年6月5日に発売されたももいろクローバーのインディーズ・ベスト・アルバム「入口のない出口」に収録された。

また、 「エンジェルアイズ」の名称はももクロの公式ファンクラブの名称「ANGEL EYES」に受け継がれている。

理事長 「気分はSuper Girl!」はharajyukuロンチャーズの曲です。
川上 いつかやりたいと思っていたんですよ。これって元々は誰かのカバーですよね?
理事長 いや、ロンチャーズ用に発注した曲だよ。
川上 あっ、オリジナルなんだ。実はロンチャーズって、この曲で国立競技場に立っているんですよ。
宮井 へぇ〜、本当に?
川上 まぁ、花火大会の前座なんですけど、17人で踊っているんですよ。そのときはまだ、今の古屋みたいな立場で現場にいたんだけど、そのころの影響を受けていますよね、ももクロは。

「CROSS TALK!!!! 理事長×川上アキラ(現場マネージャー)×宮井 晶(初代ディレクター)」(入り口のない出口ブックレット)


■佐々木敦規と沢尻エリカ
 
ももクロのライブコンサートや「ももクロChan」などのテレビ番組を全面的に手がけている演出家の佐々木敦規と、ももクロを結びつけたきっかけも沢尻エリカだった。そもそも格闘技やお笑いを得意としていた佐々木が初めてアイドルを主材として演出したのが、沢尻が出演していた「アイドル道」(2003年〜2005年。沢尻の出演は2004年まで)という番組だった。

この番組で佐々木は自分なりのアイドル番組の手法を確立し、その今までになかったアイドルの見せ方に着目した川上アキラが、後に佐々木にももクロのステージ演出を依頼することになる。

――佐々木さんは「とんねるずのみなさんのおかげでした」などのバラエティと、K−1中継や「SRS」など格闘技をずっと手掛けてこられましたけど「アイドル」との関わりはいつからですか?

「フジテレビのCSで『アイドル道』という番組の演出をやってからですね。それまでアイドルは全くの畑違いだったんですけど、16、17歳の女の子を10人渡されて『何か番組を作ってくれ』って言われて『ええ!?』って(笑)。そのメンバーの中に沢尻エリカとか中川翔子、紗栄子、北野きいとかがいたんですよ」

――後の大物揃いじゃないですか(笑)。

「そうなんです(笑)。それで手探りでやるうちに『こう育てればいいんだ』というのを自分なりに会得できたんです。番組は2年ぐらいで終わったんですけど、昨年の春頃、ももクロの川上マネージャーから連絡を貰ったんです。川上さんはずっと沢尻のマネージャーで『アイドル道』の頃は沢尻自身が映画『パッチギ』のオーディションに受かったり駆け上がる時期だったんです。その頃に僕は沢尻と一緒にいて、現場で話したりする姿を川上さんは見て下さってたんでしょうね。川上さんに『今、アイドルグループをやってるんだけど一度見に来てくれないか』と言われて、石丸電気の300〜400人のハコで初めてももクロのステージを見て圧倒されちゃったんです。アイドルはAKBこそ知ってたけど全然興味がなくて、でも部活な空気とか全力な感じがすごく伝わってきて『面白いな』って。そしたら川上さんから『12月のファーストコンサートの演出をしてくれないか』と。僕はテレビの中では演出をやってきましたけど本格的なコンサートの演出はしたことがなかったんです。でも『ももクロはテレビを意識したものをやりたい。おもちゃ箱を引っ繰り返したような“テレビのバラエティ”を分かってて、プロレス・格闘技に相通ずる“熱”を伝えていきたいので、それが出来るのは佐々木さんしかいない』と言われて、だったら肩肘張らずに僕に出来ることをやろうと」




余談だが、沢尻が抜けたあとの「アイドル道」には、ももクロの「子供祭り」や「ももクロChan」のあーりんロボのコーナーに出演している飯塚悟志のお笑いユニット「東京03」が参加していた。


■ももクロに生きる沢尻の遺伝子
 
ももクロのUstream番組「momocloTV」のキャッチフレーズにある「今、一番のかぶきもの」にも見られるように、ももクロはアイドルとしては変わり者として目立つ道を歩んできた。

川上と佐々木が作りあげてきた ももクロのキャラクターは、一般常識的な「アイドル」の定義から逸脱することを常に意識的に行っている。いわば、芸能界のみならず一般世間に対して「プロレス」を仕掛け続けることで、存在をアピールしてきた。

そんなももクロのプロレス的方法論の根幹に、「沢尻の遺伝子」があると、佐々木敦規は述べている。

「沢尻からなんですよね。僕と川上さんはよく『あんな最高のプロレスラーはいない』と言うんです(笑)。あの子は全部分かっているんですよ。ある意味、時代に反逆し、芝居をさせれば素晴らしい芝居をし、最高のエンターテイナーであり。僕、個人的にも仲がいいんですけどマスコミで報じられてるような子じゃないんです。無茶苦茶いい子で、でも『平成の勝新太郎』みたいなところがあって(笑)そういう意味で魅力満載な子なんですよ」

――今は色気のある、破天荒なタイプの役者や芸人が生きづらい時代ですね。そう考えるとももクロも「アイドル」の枠からは確実にはみ出してますけど(笑)。

「そういう『沢尻の遺伝子』みたいなものが僕にも川上さんにもあって(笑)そこの部分でももクロみたいなものを持っていけたらいいね、みたいに思ってて。ももクロもいいスイッチを持っているんですよ」


 2013年11月15日放送の笑福亭鶴瓶のトーク番組「A-Studio」に沢尻エリカが出演した。グラビアアイドル出身の福愛美とは小学校、中学校を通してのクラスメートで親友であり、中学生時代に福とお笑いコンビを結成してネタ帳作りや公園での練習に励んだこと、福に迫るナンパや痴漢を男勝りに追い払ったことなどが明かされた。

 佐々木と川上を通じてももクロに伝えられた、アイドルの枠をはみ出す「沢尻の遺伝子」のルーツがなんとなく感じ取れるエピソードである。

 また同番組で20歳ごろの沢尻が、仕事のあまりの多さにパンクして、6車線の環状八号線を横切って川上から逃げようとしたエピソードが明かされた。
 その当時のことについて川上は「仕事入れすぎたことを謝っときたい」と言っていたと、鶴瓶が沢尻に伝えた。


 ■沢尻エリカからメイクを教えてもらった
 
沢尻エリカのアイドル時代の夢は女優かヘアメイクアーティスト になることだった。今でも写真、CM、舞台挨拶などでのメイクはほとんど自分でする。(Wikipediaより)。

その沢尻にメイクについて教えてもらったと、ももクロのリーダー百田夏菜子はテレビ番組「ランキンくえすと」の「私が知る芸能人のウラの顔」のコーナーで語った。

百田 私の元事務所の先輩の沢尻エリカさん。事務所で会ったときに挨拶をしに行ったんですよ。挨拶させていただいたときに、お店の方が「沢尻エリカさんはメイクが凄く上手だよ」と言ったから、聞いてみたんです。「どうやってメイクをしたらいいですか?」 って言ったら、なんか、「あなたはこういう顔だからこういうメイクをして、こうやったら凄い良くなると思うよ」って、凄く丁寧に教えてくれて。
たむらけんじ  ええー!!。
百田 でしかも最後に、頑張ってねって「あああ」って(手を振って)やってもらったから、凄い「うああーー!」(興奮)ってなって。もう「あーー!」(興奮)になりました。

2010年9月21日「ランキンくえすと」


【動画】


川上マネージャー 昔と今

http://www.youtube.com/watch?v=yX_b9dZIULE


Hello...goodbye ロンチャーズ

http://www.youtube.com/watch?v=2qNvWGpp6aM 


原宿ロンチャーズ

http://www.youtube.com/watch?v=HZOaMe27fK4


気分はSuper Girl!

http://www.youtube.com/watch?v=DbJXZ6yFN4g

 

沢尻エリカからメイク教えてもらった話

http://www.youtube.com/watch?v=VrPgo_FDMwg



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