あの空へ向かって(あのそらにむかって)

作詞:ももいろクローバー、作曲・編曲: 久保田真悟(Jazzin'park)

アイドルグループ・ももいろクローバーの代表曲のひとつ。

 2008年春のももクロ結成時に、当時の在籍メンバーが分担して作詞を担当した。
 2008年5月17日、川崎アゼリアで開催された『スターダスト芸能3部オーディション』のイベントにおいて、ももクロのお披露目が行われ、この曲が歌われた。
 ももクロにとって最初の一歩となった曲であり、2012年のブレイク後もライブの最後など重要な場面で歌われてきた。長年の夢を叶えた2014年3月15日、16日の国立競技場2Daysライブのときも、2日目最後の曲は「あの空へ向かって」だった。

 夢と未来に向かって歩み続ける希望を描いた歌詞が、ももクロ自身の成長の旅を予言しているかのようであり、ももクロを象徴する楽曲となった。

 2008年にイベントで限定販売されたアルバム「3-B Jr.ぷちアルバム」に収録されて以降、長らく正式な音源の入手が困難であったが、2013年6月5日発売された、ももいろクローバーのインディーズ・ベスト・アルバム「入口のない出口」に、ももいろクローバー時代の6人バージョンと、ももいろクローバーZの5人バージョンの両方が収録された。

 
■歌詞を書くことから始まった
 百田夏菜子によれば、結成当時に会議室に1期メンバー達が集められ、作詞の先生がやってきて教えられた。
 ところが、高城れにが書いてきたのは「私の好きな物はね、焼き鳥のタンとスルメ♪」というものだった。「自分の好きなものを書けばいい」と言われて「好きな食べ物」について書いてしまったのだ。
 そういう百田自身も「砂浜にひとりきり、チッポケな自分LOVE」という乙女チックな歌詞だった。
 結局、完成していたメロディーをいくつかのパートに分けてメンバーが分担してひとつにまとめる方式をとったところ、うまくまとまったという。

 このとき、1期メンバー達に作詞を教えたのが、スターダストでももクロの初代音楽ディレクターを務めていた宮井晶だったことが、Ustream「24時間いただきますっTV」やアルバム『入口のない出口』のライナーノーツの特別対談で明らかにされた。

 また、2012年12月14日の朝日新聞朝刊土曜版「BE」の「うたの旅人」でこの曲が取り上げられたとき、チーフマネージャーの川上アキラは「正直、先のことはどうなるかわからなかった。自分たちで書いた曲なら、思い入れを持って頑張れるのではないかなと、やらせてみた」と語っている。


川上 「あの空」って、あーりん、あのときいなかったけど、あれ自分たちで作った歌詞だったんだよね
佐々木 (うなずく)
川上 俺も忘れてて。
百田 なんで、忘れてたんですかぁ?
川上 全然忘れてた。マジで忘れてた。
百田 えー!!
川上 で、そうだそうだと思って。当時のももいろクローバーが自分で作った歌詞のところを自分で歌ってたん…
百田 そう。
佐々木 凄い知っているよ。(テーブルの周りの椅子を順に指さしながら)、Aメロ、Bメロ、C…サビ、ってやってたんでしょ?
川上 なんで知ってんの?
百田 そう!さっき(佐々木がやった)みたいにこうやって座ってるじゃん。で、じゃあAメロこっちから、Aメロこの子ね、Bメロ誰々ね、Cメロ誰々ね、って言って最後に決まったの! 
佐々木 そう!
百田 で、そこの言われたところの歌詞がついてなくてメロディーだけあったんですけど、そこに自分で歌詞をあてはめて、だからみんなバラバラのヤツを作ったんだけど、一個にそれをくっつけたから、最初は絶対ひとつのものにならないなと思ったの。
佐々木 そうだよね!
百田 でも、意外とみんなの息がピッタリで、あれ。メンバーとも話し合って決めるじゃん、いろいろと。どういう感じにする? って。
佐々木 うん。
百田 そうしたら、良い感じに決まって。

(2011年5月4日 Ustream「かなことペヤ」momocloTV)


■パート分けの変遷に見る、ももクロ・サイドストーリー
結成当時の1期メンバーは、高井つき奈伊倉愛美和川未優、高城れに、百田夏菜子、玉井詩織の6人で、それぞれが自分が作詞したパートを歌っていた。現在でも、高城、百田、玉井の3人は自分が作詞したパートを歌っている。
・高井が作詞したパートは藤白すみれに受け継がれ、恐らく柏幸奈を経て(未確認)、現在は有安杏果が歌っている。現在は高井が有安のファンであることを公言していることを考えると不思議な縁である。
・和川が担当していたCメロ(大サビ)は佐々木彩夏が受け継いだ。当初、「乗り越えられる」という歌詞が高音で佐々木は裏声で歌っていたため、「のりこへ~られる♪」と聞こえた。それを玉井は「私は好きだよ」と肯定したが、佐々木は「地声で歌えるようになってみせる」と宣言し、今は見事に地声で「のりこえ~られる♪」と歌えている。
・伊倉のパートは百田が受け継いだ。初期のリーダーは高城だったが、“実質的なリーダー”として役割を果たしていたのは伊倉だと川上アキラは証言しており、その伊倉のパートを新リーダーの百田が受け継いだのも象徴的なできごとである。
早見あかりが正式にももクロに加入した際、百田は自分が作詞したパートを早見に譲り、早見脱退後に再び百田の担当となった。早見と百田は、ももクロ加入前に出会って、やがて親友となったという。その二人の関係性を裏付けるようなエピソードである。
(メンバー変遷の全体像は「ももクロ・メンバーの変遷」を参照)

パート分けの変遷
1.
陽だまり大きな太陽 ずっと上から見てる
青空の下で君と 二人の時間過ごす
玉井
笑顔 君に向けて 手と手をつなごうよ 高井 藤白 柏? 有安
光きらめく明日へ 僕らは道を進むよ
やわらかな 風に吹かれて
(全員)
いつまでも 高城
希望あふれた未来へ 僕らは夢を描くよ
あの空へ向かって
(全員)
2.
キラキラまぶしい光 私の未来照らす
輝く明日に向かい 一歩ずつ前に進む
高城
空を見上げ きみと 思い出すよ あの日 百田 早見 百田
光きらめく明日へ 僕らは足を踏み出す
果てしない夢の途中で
(全員)
飛び立とう 百田
希望あふれた未来へ 僕らは花を咲かすよ
あの君の心に
(全員)
大サビ
希望信じて 進めば
どんな壁も 乗り越えられる
和川 佐々木
ほら 前を向いて歩き出そう 今 伊倉 百田
コーラス
光きらめく明日へ 僕らは道を進むよ
やわらかな 風にふかれて
(全員)
いつまでも 高城
希望あふれた未来へ 僕らは夢を描くよ
あの空へ向かって
(全員)
光きらめく明日へ 僕らは道を進むよ
やわらかな 風にふかれて
(全員)
いつまでも 玉井
希望あふれた未来へ 僕らは夢を描くよ
あの空へ向かって
はばたこう
(全員)


■挙手でパートが決まった?
 コーラスの合間に入る“いつまでも〜♪”というソロパートについて、Ustream「24時間いただきますっTV」でB.L.T.誌の編集長と結成3カ月当時のイベントで「あの空へ向かって」を歌っている映像を見ていたとき、玉井が「このときはまだ、“いつまでも〜♪”を誰が歌うかは挙手制で決めたよね。」と言った。百田は「そんなことないよ、決まっていたよ。」と反論したが、高城は「挙手制だったよ」と玉井に同意した。
 しかし、古い動画を見ても、最初の“いつまでも〜♪”は高城、次の“飛び立とう〜♪”は百田、次は再び高城、最後の“いつまでも〜♪”は玉井という順番はどれも変わっていない。
 これは、最初のパート分けの際に挙手で決めたということを玉井と高城が勘違いしていたのか、それとも記録に残っていないライブで別のメンバーが歌ったことがあるのか。現状では残念ながら確認できない。


■チェリーブロッサムバージョン?
 Ustream「24時間いただきますっTV」で、アルバム「入口のない出口」の収録曲を発表した際、終盤に何が入るかももクロのメンバーに予想させたところ、百田夏菜子が「あの空に向かって チェリーブロッサムバージョン?」と答えた。詳細は不明だが、アレンジが異なるバージョンがあったようだ。

 以下は、2009年7月11日の京都ライブに参加したのファンによるブログから。
特に今回は「アレンジ変わった?」と思っていたらチェリーブロッサムverという別バージョンの「あの空に向かって」が出てくるという、まだまだ知らない奥の手が有るんですね。
2009年7月15日「ももいろクローバー(京都)」(不患無位 患所以立)


■たった5人の凱旋ライブ
 紅白歌合戦出場の夢を叶えた2012年12月。ももクロのメンバー5人は紅白のリハーサルの合間に抜け出して、代々木公園のけやき並木で「あの空へ向かって」を歌った。1期メンバーである高城、百田、玉井の3人が歌い、当時を知らない佐々木と有安が観客として聴いてくれた、と玉井詩織が日経エンタテインメント!誌のインタビューに答えている。
「懐かしいねえ」と言いながら踊れたのが嬉しかったですね。必死だったあの頃が、ちゃんと過去になっている感じがしたから。代々木公園の木と木の距離が、もっと広かった気がして、本当にここだったのかな? と思いました。
(2013年7月4日発売「日経エンタテインメント!2013年8月号」P.69)

 路上時代を知る3人と、路上時代を知らない2人。両者がももクロの原点を共有できたこの時間は、とても意味あるものだったのではないだろうか。


■動画

05.あの空へ向かって 裏話 -2011.05.04- かなことペヤ



20080802あの空へ向かって
2008年8月2日の路上練習会。当時は正式な路上ライブとは別にラジカセ音源でマイクも使わず、少人数でのメンバーでこういった練習会が行われていた。踊っているのは百田、伊倉、和川の3人。


 
2008_0809ももクロ路上0004.AVI
2008年8月9日。高井つき奈が「あの空へ向かって」を歌っているのが確認できる貴重な動画。映像は玉井のパートの終わりごろから始まり、すぐに高井が歌い出す。
高井の右隣には、高井と入れ替わりで加入した藤白がいる。そういう意味では従来は存在が記録されていない7人体制のももクロということにもなる。
この日で脱退することになる高井は、演奏終了後、涙をぬぐっているようにも見える(8月なのでただの汗かもしれないが)。

この路上ライブが行われた同じ日に、代々木公園の前にある渋谷 eggmanで行われたB.L.T.誌のGirls Woodstockのライブにも参加しており、その模様がUstream「24時間いただきますっTV」で流されたが、そちらには藤白は参加していないようだ。

 
2008_0906路上練習会0001.AVI
2008年9月6日の路上練習会。この頃、ももクロのメンバーではなかったが、3B Jr.の仲間だった早見あかりが一緒に踊っている。早見はこの当時、見学に行ったついでに一緒にビラを配ったり、踊ったり、MCをやったり、まるでメンバーのように集まったファンとしゃべっていた。この2.5ヶ月後に早見はももクロに加入するが、川上はもともと早見を入れるつもりで手伝わせていたらしい。



2008_1026ラムラ0002.AVI
2008年10月26日、飯田橋RAMRA広場でのライブ。代々木公園が音出し禁止になって、拠点をここに移した。伊倉、和川、高城、百田、玉井、藤白の6人による「あの空」。早見、佐々木、柏の3人が加入する一カ月前でもある。


夏☆スタ!'08 chap.14 あの空へ向かって
2008年8月の3-B Jr.のライブで行われた「あの空」。メンバーは伊倉、和川、高城、百田、玉井、藤白の6人だが、終盤に合流する3-B Jr.のメンバーの中に早見あかりがいる。



ももいろクローバー/あの空へ向かって
2008年12月29日、原宿アストロホールの3-B Jr.のライブで行われた伊倉、和川、高城、百田、玉井、藤白、早見、佐々木、柏の9人による「あの空」。早見、佐々木、柏にはソロの割り当てがない。この日を最後に、伊倉、和川、藤白はももクロを脱退する。




3BJunior ♪あの空へむかって♪(2009)
クレジットは、「3B Junior」となっているが、ボーカルをとっているのは玉井、有安、高城、早見、百田、佐々木というももクロのCDデビューメンバー。メジャーデビューメンバーによるもっとも古い「あの空」の動画と思われる。



25.あの空へ向かって -2011.07.03-
2011年7月3日に行われた、伝説のZEPP Tokyo 2時間ライブ3回公演の、最後の最後、65曲目に歌われた「あの空」。早見脱退後なので、メンバーは玉井、有安、高城、早見、百田、佐々木の5人。



あの空へ向かって ももいろクローバーZ
2012年8月5日に行われた初のドームライブ『ももクロ夏のバカ騒ぎ SUMMER DIVE 2012 西武ドーム大会』を締めくくる「あの空」


04.あの空へ向かって -2012.09.29-
2012年9月29日、「クローバーEXPO」のライブの最後に行われた、ももいろクローバーZ、私立恵比寿中学、チームしゃちほこ、の3グループによる「あの空」








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